年金の「繰下げ受給」は本当にお得なのか?
皆さん、こんにちは。
園原新矢です。
今回のテーマは「年金の『繰下げ受給』は本当にお得なのか?」です。
年金の繰下げ受給、何歳でいくらになるのか?
年金は65歳から受け取るのが基本であるという認識を持っている方がほとんどだと思います。
しかし近年は65歳になってもすぐに年金をもらわず、
後になってからもらい始める「繰下げ受給」が話題に上がることが増えてきました。
2019年までは最長70歳までの繰り下げが可能でしたが、
2020年5月に年金制度改正法が成立したことにより、
2022年4月以降は最長75歳まで繰り下げできるようになります。
繰下げ請求は66歳から行え、
66歳~75歳の間は、1か月単位でスタート年齢を決められます。
繰下げ受給の特徴は、
1カ月繰り下げるごとに本来の年金額の0.7%分が増額されていくということ。
仮に1年間繰り下げをして、
66歳になってすぐ受給するなら、
65歳で受け取る金額に8.4% (0.7%×12カ月) が増額されて支給されます。
さらに、法改正により75歳まで繰り下げた場合には、
年金額が84%(0.7%×120ヶ月)増えることになります。
75歳から受け取った人に限る話ですが、
65歳からもらっている人に比べて、
ほぼ倍近い年金を受け取り続けることが出来るのです。
特に投資をあまりしていない人や、投資を怖いと思う人には、とても魅力的に映るかもしれません。
では、実際にはどのくらいの数字になるのでしょうか?
日本年金機構によると、令和2年4月分以降からもらえる標準的な年金額は、以下のようになっています。
(参考:日本年金機構より抜粋)
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①国民年金
(老齢基礎年金[満額])
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「6万5,141円/月」
年間で78万1,692円
※令和2年4月分(6月15日支払分)からの年金額は法律の規定により令和元年度から0.2%増額
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②厚生年金
(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額)
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「22万724円/月」
年間で264万8,688円
※平均的な収入(平均標準報酬(賞与含む月額換算)43.9万円)で40年間就業した場合に受け取り始める年金(老齢厚生年金と2人分の老齢基礎年金(満額))の給付水準
上記の数字を使って、66歳で繰下げ受給する場合の年金額を計算してみましょう。
(端数は四捨五入で計算)
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国民年金(満額)78万円だけの場合
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78万円+78万円×8.4%(約6万6000円)=約84万6,000円
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厚生年金も加えた265万円の場合
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265万円+265万円×8.4%(約22万3000円)=約287万3,000円
どうでしょう?
この時代に、1年だけ年金をもらうのを待つだけで8%以上増えるというのは、かなり利回りが良いといえるのではないでしょうか。
そして一旦もらい始めたらその金額は一生もらえるうえに、下がることがありません。
安全な資産運用をしたい方にとっては魅力的に映るのではないでしょうか。
では、さらに75歳まで繰り下げて+84%となった場合はいくらになるのか計算してみます。
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国民年金(満額)78万円だけの場合
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78万円+78万円×84%(約66万円)=約144万円
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厚生年金も加えた265万円の場合
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265万円+265万円×84%(約223万円)=約488万円
いかがでしょうか?
10年我慢すると毎月、毎年の受給年金額がほぼ倍になります。
これだけ聞くと「すごい」と思うかもしれませんが、
私たちが考えなければならないのは本当に元が取れるかどうかです。
受給開始年齢の損益分岐点は?
75歳から受給を開始する方は、65歳からの10年間はまったく年金をもらっていません。
その「受給を遅らせた期間分の年金」を
「10年後からもらえる増えた年金額」で取り戻すのにかかる期間はどれくらいか?
言い換えれば、元を取るには一体何年かかるのか?
これが分からなければ、本当に得をするかどうか不安ですよね?
これはどの期間から始めてもほぼ変わらず12年となります。
つまり、12年経過したタイミングで、初めてトータルの受取金額で得をしている状態になるといえます。
仮に70歳で年金をもらい始めた場合を計算してみましょう。
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70歳時点
0.7%×60ヶ月(5年)=年金額+42%
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42%の増額ですが、65歳から年金をもらい続けてきた人と比べると
70歳から12年経った82歳頃になってようやく、受け取り総額がトントンになります。
もちろん82歳以降は毎年、65歳からもらい始めた場合より42%ほど多くはもらえるのですが…
82歳という年齢はまた絶妙な数字です。
65歳男性の平均余命は19年(84歳)ほど
女性は24年(87歳)ほどです。
一見、70歳から受給を開始したほうが得だと考えられますが、
82歳になる前に寿命が尽きてしまったら
「65歳時点でもらって使っておけば良かった!」というケースも出てくるでしょう。
制度的に「元をとる」という考え方自体もあまりよく無いかもしれません。
ですが私たちが「老後のためにと積み上げてきた年金」ですから、キッチリ回収したいというのが本音でしょう。
実は投資経験のあまり無い方には非常に魅力に感じるこの制度ですが、
どれだけ長生きできるか?次第で回収率が変わってしまいます。
そもそも、私たちは寿命がわかりません。
85歳、90歳で死ぬとわかっていたらこの選択肢は「あり」かもしれませんが、
自分が何歳で死ぬのかは誰にも分かりません。
ましてや、生きていたとしても寝たきりで倍ほどの年金を貰っても…と。
また、ここまでは全て額面でのお話しかしていません。
そう、税金を考慮していないのです。
もしこれを手取りで計算してみたとしたらどうなるでしょうか??
ネットで調べてみても「元をとるのが約12年」と出てきますが、それらは全て額面の話です。
私が手取りで損益分岐を概算しただけでも、
82歳からさらに約5年ほど長引いて87歳頃にようやくトントンになりました。
つまり約12年ではなく約17年なのです。
もちろん年金だけでなく他の収入があった場合など実際の数字は異なってくるでしょうが、
年金だけで年間200万円以上得ているのであれば17年に近い数字が出てくるでしょう。
17年後に元が取れると言われて皆さんはどう感じますか?
ただ、年金繰下げが向いている場合もあります。
年金繰下げ受給に向いている人、向いていない人
そもそもとして、女性のほうが男性より長生きする可能性が高いので、
損益分岐年齢を超えて年金を受け取れる確率が高いでしょう。
その分、女性は繰下げ受給に向いていると言えそうです。
とはいえ、繰下げをしても損益分岐点はだいぶ先のことなので、多くの方が悩みます。
そして悩んだ結果、今を満たしたいという欲求から、
65歳から受給開始を選択する人がほとんどで、
実際に繰下げ受給をしている人は1%程度です。
そして私も、基本的には65歳からもらっていいと考えています。
17年経てばトータルで得していると言われたところで、87歳ですから。
確かに今は医療も発達しているので、87歳で寝たきりとは限りませんが、使えるところがあまりありません。
若い頃に比べると、お肉もたくさん食べられないし、お酒も多くは飲めないでしょう。
お金がたくさんあっても満足に使い切る自信はありません。
それを考えると、65歳の段階から年金を受給して消費に回していくほうが良いのではないかと個人的には思います。
数字だけ見ると84%というのはすごいと思うのですが、私たちはやはり生きていてこそ。
なので、寿命や使うことなどを考えていかないと、本当の意味でお得なのかどうかは分かりません。
ただ、明らかにお得になるケースというのはいくつかあります。
繰下げ受給がお得になるケース
例えば主婦の方など、国民年金以外は受け取る予定のない方は、繰り下げて受け取ったほうがお得です。
例えば、5年間繰り下げして70歳から受給を開始する場合、
年間の年金収入は約111万円です。
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国民年金(満額)78万円だけの場合
78万円+78万円×42%(約33万円)
=約111万円
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この場合
公的年金等控除額で110万円、
さらに基礎控除で48万円、
(所得税の)所得控除があるため、課税される所得はゼロになります。
(※令和元年分以前は、公的年金等控除額:120万円、基礎控除で38万円です。動画内では120万円でお話しています。)
また、仮に2~3年会社勤めをして(厚生年金を払って)専業主婦になった方などで、
受給合計金額が110万円を超えてしまった場合でも、158万円以下であればお得になります。
額面で計算しても問題ありません。
年金はもらえばもらうほど税金を取られることになりますが、
もともとあまり年金をもらえる予定がない人などは、繰り下げたほうが良いケースもあると覚えておきましょう。
また、「老齢基礎年金(国民年金)」と「老齢厚生年金」は別々に繰下げ可能です。
老齢厚生年金だけもらって老齢基礎年金を繰り下げたり、その逆もできます。
また、両方を繰り下げ別々の時期からもらい始めることもできます。
同時繰り上げが原則の繰上げ受給とは違い、
繰下げ受給のほうがより各人の都合にあわせた受給プランを組むことが可能となります。
繰下げ受給の手続きと裏ワザ
ちなみに繰下げ受給を希望するかどうかの判断は、
65歳で年金の手続きをするときに問われることになっています。
65歳時に決めるのは
「65歳から年金をもらうか?遅らせるのか?」という点だけです。
何歳からもらうか、までは決める必要はありません。
そろそろもらいたい、と思ったときに年金事務所で繰下げ受給開始の手続きをすれば、
そこから増額された年金を受け取れるという流れになります。
67歳とか68歳とかになって急に引き出したくなる時もあるのではないか?
と不安になられた方もいるかと思いますが、ここには1つだけ「裏ワザ」があります。
繰下げ受給を選択した後に問題になるのが、70歳まで繰り下げている間に病気やケガをして、生活費が不足した時でしょう。
ですが心配ありません。
年金の請求には5年の時効があり、5年分遡って一括請求できるのです。
例えば、68歳で年金が必要になったら、65歳からの約3年分の年金を一括で受け取ることができます。
仮に年間200万円の年金額だった場合は、3年間で600万円です。
困っている時のお金としては十分なものではないでしょうか?
もちろんデメリットはあります。
増額率が0%になってしまい、それ以降に繰り下げることが出来なくなります。
その他の注意点とまとめ
夫の死亡後に妻が受け取る遺族厚生年金は増えません。
夫が厚生年金を繰り下げて年金額が増えたとしても、
死亡した後に妻が受け取る遺族厚生年金は、夫が65歳時の年金額をもとに計算されるため遺族厚生年金は増額しません。
このことを知ると「だったら、繰下げ受給しなくてもいい」と言うパートナーは多いと思いますので注意しておきましょう。
長生きする方、年金が少ない方、専業主婦の方などは繰り下げたほうが良いと思いますが、
基本的には、65歳から受け取ったほうが無難な選択になることが多いとは思います。
年金は、最低限自分たちの老後のため、カバーできない部分などを多少埋めるために用意されているものです。
それ以上にもっと豊かに暮らしたいというのであれば、
自分で稼ごう、増やそうと思っていただいたほうが建設的ではないかなと思います。